七彩工房 津田佳美さんinterview
こんにちは。
私は、感動やワクワクなど、日常にイロドリを与えてくれる「人・モノ」を探し奔走しているライターの園宮です。
この『気になるアレを深掘り』では、そんな私が気になった人やモノを取材し、みなさんにご紹介しています。
みなさんは「七宝焼」と聞いて、どのような物をイメージしますか?
壺などの美術品や飾金具、近年ではアクセサリーも見かけますね。
いつものように気になる作品はないかと散策していた時、あまりの美しさと繊細さに衝撃を受けるものと出逢いました!
それが七宝焼だと知った時は、さらに驚きでした。
何故ならそれは、細かい部分まで緻密に描かれ、グラデーションも素晴らしい絵画だったからです。
私は心を鷲掴みした透明感のある深い色合いに、これまで見てきたどの七宝焼とも確実に違うものを感じました。
今回は、宇治市志津川の山間にある七宝焼絵画制作工房「七彩工房」で、その絵画を製作している津田佳美さんに七宝焼絵画を作ったきっかけや商品に対する想いを伺ってきました!
2021.12.18
目次
七宝焼絵画制作工房 津田佳美(つだ よしみ)さん interview
七彩工房のはじまり
七宝焼の仕事に携わり始めて40年近くになります。
みなさんは七宝焼がどのようなものかご存知でしょうか?
明治七宝は七宝焼の全盛期とされていますが、その後さまざまな工夫で進化した七宝焼は、万博などを通じて世界中から絶賛されるようになりました。
その後も日本中で七宝焼のブームが続き、高級感のある七宝製品は記念品や海外へのお土産品として大変喜ばれる工芸品となりました。
私が奈良芸術短期大学を卒業し七宝に携わり始めたのは1984年ごろ。
当時、京都の七宝店としては、老舗の稲葉七宝店、そして山田七宝と美装の3社がありましたが、私と主人は山田七宝で働いていました。
山田七宝には、七宝焼アクセサリーの企画製作要員として入社。
短期大学で彫金(※)を学んでいたため、アクセサリーのデザインや原型製作をさせてもらい、七宝焼の彩色にも携わるなど、工程全般を勉強させていただきました。
高校生のころから「自分で何かしたい」、「生涯の仕事を見つけたい」とずっと思っていた私は、独立を考えていた主人と出会い、意気投合して結婚。
その後、1986年に二人の技術と経験を活かし創業することとなりました。
当初アクセサリーや化粧小物などを作っていましたが、七宝焼絵画を手掛けるようになると徐々に仕事が増えはじめ、1991年「有限会社七彩工房」の設立に至りました。
初めは手探りでしたが、かつて山田七宝で営業をしていた主人が、全国のさまざまなイベント(焼き物市)に参加させてもらえるように働きかけ、活動の範囲を少しずつ拡大していくことができました。
(※)彫金=金属の地金からジュエリーを作る技術
七宝焼の魅力
七宝焼の特徴として、とにかく色が綺麗なことと、つるんとした透明感が挙げられます。
できあがった商品の発色は紫外線で劣化することはなく、何年経っても色褪せることはありません。
釉薬(ゆうやく)の種類もたくさんあるのですが、素地となる金属の種類や技法によって発色も変化し、奥深い色味の繊細な図柄が表現できます。
焼き物に分類されますが意外と強度があり、落としてしまったとしても商品が割れたりすることは滅多にないんです。
七宝焼絵画
七宝焼絵画になるまで
これは鋳造(ちゅうぞう)といって、まず彫金で原型をつくり、そこからゴム型をとります。
そこへ銅や銀を流して形を作っているんです。
土台に使う素材の違いで、できあがる商品の発色や印象が変わってくるのですが、創業しはじめたころはこのようなアクセサリーや化粧小物を製作していました。
七宝焼で絵画を始めたのは30数年前。
そのころ、世間では小さめの絵を額に入れて飾ることが流行っていました。
当時の七宝で飾るスタイルのものは、重厚な印象の壺や絵皿が主流でした。
そこで、「もっと誰もがカジュアルに楽しめるような商品があれば喜ばれるのではないか」と考えたのが七宝焼絵画を製作することとなったきっかけです。
私は七宝焼をもっとオシャレなものにしたかったんですよ。
もともと写生が好きだったことも大きく関係しているのですが、七宝焼の釉薬も絵を描くように使えるのではないかと思い、染色の技法を取り入れたことで絵画へ辿り着くことができたのだと思います。
制作・「染型七宝」
これまでさまざまなオリジナル絵画の商品を製作してきましたが、著作権の保護期間が終わった名画も七宝焼で作りはじめています。
印刷ではないので原画そのものではありませんが、名画の品格を損なうことなく七宝焼の魅力溢れるものとなるように心掛けています。
これはシルクスクリーンという版画の技術を使っていて、元になる原稿を自分で描き、シルクスクリーン製版したものを使い七宝用顔料を手摺りしています。
限りなく原画に忠実に七宝で表現するために試行錯誤しながら型紙を作成するので、型紙の枚数は1つの絵画を完成させるのに15枚以上必要になることもあります。
簡単にいうと、1つの絵画を15分割以上しているということになりますね。
油絵や水彩画を描くイメージで順に型紙を変え、絵の具を乗せていき一つの絵を完成させます。
色のグラデーションについては、うまく色合いが表現できるように試行錯誤しながら型を作るところから始まります。
そこへ絵の具を乗せていくのも、細かくぼかしながらうまくグラデーションを作るように絵の具を振っていきます。
色の濃淡は、粉を多く振るうと濃くなって、少ないほど薄くなるんです。
木版画や陶器の絵付けも大変美しいのですが、七宝焼は重ねていくぶん色に厚みがあり、その奥行きを感じる印象は他のものとの一線を画します。
製作に使用している型は、昔の友禅の型染めで使われていた型紙の素材と同じもの(渋紙)を使用します。
友禅の型染めの技法を七宝焼にも応用して、より奥行きのある美しいグラデーションを表現することに成功しました。
型紙を使って製作するいうことは、量産できるという利点もありますが、特にこの美しいグラデーションができるなど、ひとつの技術として今後も大きな可能性があると思っています。
そして、この技法に去年「染型七宝」という名前を付けました。
そして、この窯で焼くんです。
800度程度に加熱された窯の中に絵の具をのせた作品を入れ、3分程度焼きます。
焼けたら外へ出して冷ますのですが、冷却の途中でヒビが入ってしまうことなどもあり最後まで気が抜けません。
焼き加減にも注意が必要で、焼きすぎると絵がのびた感じになってしまうので、ちょうど良いタイミングを見極める必要があります。
同じように焼いていても、絵の具の厚み具合で少しずつ濃さに差が出るのも特徴です。
焼き加減のタイミングや絵の具の厚みは職人の勘ですね。
絵の具の色味(種類)によっても溶ける温度が若干違うので、早く溶けるものだと、溶け過ぎて、ふんゆう(噴釉)という現象が起こるなど、それぞれにさまざまなクセが出てきます。
だから、同じ型を使った絵だとしても、全く同じものはできないんです。
絵の具は塗るというより乗せて焼くという感じで、焼いてできた色は永遠に変わることはありません。
しかし今、その美しい透明感と色合いを表現する絵の具を作るメーカーの後継者が見つからず、無くなってしましそうなんです。
海外ではほとんど手に入らないので、海外からの注文もあるようなんですが……。
現代七宝になる以前の頃の七宝焼では、各工房がそれぞれ自分たちで絵の具を作っていました。
しかし、その当時の絵の具はもう少し不透明な渋い色のもので、今のような透明感のある綺麗なガラスではありませんでした。
今のような美しい七宝焼の色合いを継承していくためにも、何とかしなければいけないと感じています。
テーマ「夜空」
七宝焼絵画でお客さまに大人気なのが、「夜空」シリーズです。
このシリーズが誕生したきっかけは、チークの古木を使って作られた額縁があったからでした。
「このオシャレな額縁に合う商品はないか」と考え、作ったのが始まりだったのです。
古木がまるで山小屋の窓のように感じられたので、山小屋から見た夜空をイメージしてつくってみました。
するとお客様からの評判も大変良く、多くの方に愛されるものとなったのです。
夜空はそれが最初で、そのあと、銀河鉄道やこれまでの夜空シリーズができました。
作り方はさまざまで、銅板の色を見せているものもあれば、銅の上に半透明の白を乗せている商品もある。グラデーションを先にしているものもあれば、お月さんの型からしているものもある。
できあがった作品は、偶然の産物でさまざまな表情を見せてくれます。
同じ構図の商品でも、全く同じものは存在しない。
これが、焼き物の面白さですね。
そうして工夫することで、奥行きのある宇宙の様子を表現できるのです。
それだけ絵の具の厚みがあるということなのですが、その奥行きを写真で伝えることはとても難しく、苦労しています。
実物を見た時に感じる作品の奥行きを写真で表現することが難しいので、商品の良さがネットショップでお客様に伝わりにくいんです。
でも、ネットショップで購入していただいたお客様から、「写真で見ていたよりもすごく良いものだった」とお声をいただくこともあり、嬉しく思う時もあります。
作品の印象を左右する額縁
七宝焼絵画に欠かせない額縁。
額縁との相性で商品の印象がガラリと変わってしまうので、絵画のイメージにピッタリ合う額縁を作ることを心がけています。
額も商品の一部ですね。
夜空シリーズには「星座」があるのですが、額縁のメーカーが終わってしまったので、今はもう作ることができなくなり、在庫限りとなってしまいました。
現在は「京都シリーズ」を作っていますが、それに使用する額縁を選定しているところです。
京都シリーズは、外国の方だけではなく、地方の方への贈り物などにも大変喜ばれており、人気のシリーズとなっています。
他府県から旅行に来た人が、京都の風景ということで、旅の思い出に買って帰られることもあります。
京都の竹林シリーズも、縁起が良いものとして好まれているようです。
七彩工房のこれから
「七宝焼絵画」はこの七彩工房のオリジナルで、他の工房では製作していないようです。
他の工房でも試してみたいということで、型紙をお見せして、方法なども伝えたのですが、なかなか思うように上手く完成しないとのことでした。
絵を描く順番で色をつけたりするので、ある程度、絵を描く技術も必要なのでしょう。
現在まで作った種類はたくさんありますが、まだまだ、何を作ればお客様に喜んでもらえるだろうかと、日々考えています。
初めて七宝焼絵画を目にされたお客様は、「これが七宝? 七宝焼でこんなのができるんですね!」と驚かれるのですが、その後お買い上げいただいた方や何度もお店に来てくださる方からは「七宝焼のイメージが変わった」、「七宝焼にあまり興味がなかったけれど好きになりました」、「なんか温かい感じがします」などの言葉をいただくことがあります。
この「温かい」という言葉は本当に意外で、どちらかと言うと、ガラスの質感が冷たく感じられるのではないかと思っていたので、嬉しく感じました。
七宝焼を知らない人に興味を持ってもらえる事も増えてきましたが、七宝焼の事はもちろん、七彩工房の事ももっと知ってほしい!
七宝焼が現代的なものとして人々に受け入れてもらえるように、買いたいと思ってもらえるもの、プレゼントされて喜んでもらえるもの、そんなもの作りを追求していきます。
これまで一番思い入れの強いテーマは「夜空」でしたが、これからは「京都の名所」にも力を入れていこうと考えています。
そして、今後は日本国内だけではなく海外に向けても展開していきたいと思っています。
取材後記
日本では、はるか古墳時代から存在し、海外から伝来した技術と融合しながら受け継がれ進化してきたとされる七宝焼の技法。
焼きあがってできた色は、時間とともに色褪せたりすることなく、永遠に美しいままだそうです。
七彩工房で制作される「七宝焼絵画」は、脈々と受け継がれてきた熟練の技法と、現代的で斬新なアイデアの融合により、時代とともに進化した七宝焼だと言えるのではないでしょうか。
工房で制作されている商品は、緻密に配色された深い色味により奥行きを感じることができ、かつ美しい透明感が何とも言えない感動を与えてくれました。
同じ材料を使い、同じ工程で作ったものでも、微妙な加減で焼き上がりは少しずつ違い、全く同じ物は存在しないという七宝焼絵画。
それが焼物ならではの良さで、趣深いところであると思います。
手間をかけて焼きあげたものも、冷ます段階でヒビが入ったりすることがあると話していた津田さんですが、その表情はどこか楽しげで、七宝焼に対する情熱を感じました。
今後は、国内での活動も大切にしながら、海外へと展開する予定だそうです。
その活動の要とも言えるオンラインショップの運営を支えてくれるスタッフを探していらっしゃるとのことでした。
世界中に「七宝焼絵画」が知られるようになり、受け継いでいく人が増えると良いですね。
新しい感覚の七宝焼を追求する七彩工房さんの挑戦はまだまだ続きそうです。
みなさんもぜひ、七彩工房の展示会などで「七宝焼絵画」をご覧になって、写真では感じることができない繊細な七宝焼絵画の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
七彩工房さんのショップはJR宇治駅のすぐそばにあります。